早起きも運動も、大切だとわかっているのに続かない。それは意志の弱さではなく、人間の仕組みかもしれません。神経科学者アントニオ・ダマシオの研究と、哲学者・宮野真生子さんの言葉を手がかりに、元バイオ系の研究者ライフコーチが「体を味方にする頭の使い方」を考えました。
【この記事のポイント】
・「わかっているのにできない」のは、意志や性格の問題ではなく、人間が頭だけで動くようにできていないから
・神経科学者アントニオ・ダマシオによれば、感情や体の状態は判断を邪魔するノイズではなく、意思決定に欠かせない情報源
・進化の順序では体が先で、頭はあとから加わった
・頭は体に命令するのではなく、体が動きたくなる状態を整える「サーバントリーダー」として使う
・明日の朝からできるのは、布団の中で「その先でよくなっていく体」を先に味わうこと
早起きした方がいい。運動した方がいい。勉強した方がいい。
そんなことは、もう十分にわかっている。それでも朝になると起きられない。やろうと決めていた時間になっても、手が動かない。そして私たちは「私は意志が弱いからだ」「もっと自分を律しなければ」と、自分を責めはじめる。
そんな体験を繰り返していませんか?
けれども、多くの人が同じことを繰り返し悩んでいるのだとしたら、問題は一人ひとりの意志ではないのかもしれません。人間はそもそも、頭で理解しただけでは動けないようにできている。そう考えた方が自然ではないでしょうか。
この記事では、2冊の本を手がかりに、その理由を解きほぐしていきます。一冊は、がんと向き合った哲学者の言葉。もう一冊は、神経科学者の研究です。
ポッドキャストはこちらからお聞きください。
哲学者・宮野真生子さんの言葉:「選ぶ」とは身体感覚に近い
まず、ある本の一節を紹介します。
選ぶとは能動的に何かをするというよりも、ある状態にたどりつき、落ち着くような、なじむような状態で、それは合理的な知性の働きというよりも快適さや懐かしさといった身体感覚に近いのではないか、そして身体感覚である以上、自分ではいかんともしがたい受動的な側面があるのではないか
(宮野真生子・磯野真穂『急に具合が悪くなる』より)
哲学者の宮野真生子さんは、がんの闘病中に、人類学者の磯野真穂さんと往復書簡を交わしていました。それをまとめたのが『急に具合が悪くなる』です。
宮野真生子さんは医師から「急に具合が悪くなることがあるので、ホスピスを決めておいてほしい」と告げられます。情報を集め、整理し、できるかぎり合理的に選ぼうとしました。それでも決められなかった。
ところがある日、ふと訪れたホスピスの雰囲気がよく、そこに決めたのです。上の言葉は、その経験から生まれました。
私たちも、何かを選ぶときは「選択肢を比べて、合理的に判断している」と思っています。けれど実際には、理由はわからないけれどこちらの方がしっくりくる、安心する、という感覚で選んでいることも思い当たると思います。逆に、頭では正しいとわかっているのに、どうしてもそちらに向かえないことも。
選ぶことに体の感覚が関わっているなら、頭でわかっただけでは動けないのは、人間という生き物の仕組みそのものなのかもしれません。
神経科学者アントニオ・ダマシオが示す、頭と体の関係
宮野真生子さんの問いに、科学の側から答えてくれるのが、ポルトガル出身の神経科学者アントニオ・ダマシオです。ここでは著書『進化の意外な順序――感情、意識、創造性と文化の起源』から、ポイントを3つに絞って紹介します。
1.感情は、判断を邪魔するノイズではない
学校でも会社でも、私たちは「感情的になるな」と言われて育ちます。私自身、「感情的になるな」と父親から言われて育ちました。東京の会社で働いていたころ、上司と話しながら涙がこぼれそうになったこともありました。悔しくて、それでも「会社で泣いてはいけない」と必死にこらえました。
感情は感じずに押し殺すものだと、ずっと思っていたのです。
しかしアントニオ・ダマシオによれば、体の状態や感情は、私たちの判断や意思決定に深く関わっています。感情は理性の敵ではなく、決めるために必要な情報なのです。
2. 「知っていること」と「実際にすること」は一致しない
何が良いかを知っていることと、実際に何を選んで行動するかは、必ずしも一致しません。私たちの体には、過去の経験と結びついた反応が残っています。こういう場面では辛かった、嫌だった。その体の感覚が、今の選択にも自動的に影響しています。
たとえば冬の朝。
早起きがいいことはわかっていても、目覚ましが鳴った瞬間、体はあたたかい布団から出たくありません。私が暮らしているアメリカ・アイオワ州では、冬は外がマイナス20℃になることもあります。考えただけで、布団から出たくなくなります。
頭は「起きよう」と言い、体は「寝ていたい」と言う。向いている方向が逆なのです。
3. 体が先にあり、頭はあとから加わった
私たちの体は、いちいち考えなくても、心臓のリズムや血圧を調整し続けています。アントニオ・ダマシオは、こうした「命を保つための調整」と感情・意識の関係を、進化の視点から描いています。
進化の順序でいえば、頭があって体ができたのではありません。体が先にあり、頭はあとからついてきました。だから、頭で考えることも体と切り離されてはいません。体で感じていることが、考えたり選んだりするときの情報源になっているのです。
もちろん、朝起きられない理由がこれだけで説明できるわけではありません。睡眠のリズムや疲れ、習慣、体質も関わっています。それでも、この関係を知っておくと、動けないときの自分の見え方が大きく変わります。
人間の行動を頭と意志だけで説明しようとするから、うまくいかない。体の反応も、判断を支える大切な情報源です。
頭は上司、体は現場――サーバントリーダーシップという視点
頭と体の関係は、会社の上司と現場の関係によく似ています。
よそから来た上司が「これが正しいやり方だから、全員従え」と命令したら、現場は混乱し、反発が起きます。けれど上司が現場の事情を理解したうえで「そうか、じゃあこうしよう」と一緒に動いてくれたら、現場はずっとスムーズに動きます。
リーダーシップの世界では、このようなリーダーのあり方を「サーバントリーダーシップ」と呼びます。上から命令するのではなく、メンバーが力を発揮できるように支える、仕えるリーダーです。
頭と体も同じです。頭が「動け」と命令しても、体が嫌だと言えば動かない。それが私たちの体の仕組みなのです。
大切なのは、体が動きたくなる状態を、頭が整えてあげること。頭が身体に奉仕する側になる。
明日の朝、布団の中で試してほしいこと
目覚ましが鳴った瞬間、私たちはほとんど無意識に予測しています。「布団から出たら寒いだろうな」「面倒だな」。今の心地よさから、体が不快な方へ下がることを、先にわかっているのです。だから体は全力で「起きたくない」状態になる。
それを頭で無理に起こそうとしたら、どうしても強い意志が必要になります。
そこで試してほしいのが、布団の中で「その先でよくなっていく体」を先に味わってみることです。
- 「一瞬寒いけれど、すぐ着替えて、あたたかい白湯を飲もう」と、体の内側からじんわり温まる感覚を想像する
- 「起きてヨガをしたら、体がほどけて頭がすっきりする。そういう日は一日中気持ちよかった」と思い出してみる
起きた直後は、体の状態が一瞬、不快の方へ下がる。でも、そこからちゃんとよくなっていく。その変化を、布団の中で先に体感しておくのです。
寒さを感じているのは、脳ではなく体の方です。体の末端の細胞たちが「やめて、寒いのは嫌だ」と言っている。だから「まあまあ、起きてもいいことあるよ」と、なだめてあげるのです。
これは誰でもパッと起きられる魔法ではありません。私も百パーセントではありません。けれど、「寝ていたい」しかなかったところに、「起きてもいいな」という選択肢が生まれます。起きたあとに自分を責めるより、体が起きやすくなる方向へ頭を使う。私にとっては、その方がずっと起きやすくなりました。
「起きろ」と命令する代わりに、よくなっていく体を先に味わう。それだけで、体に新しい選択肢が生まれます。
抵抗していたのは、体ではなく頭の方だった
アントニオ・ダマシオの本を読んで、ライフコーチとして5年間学んできたことが、一本につながりました。
神経科学は人間という生き物の仕組み、いわばハード。ポジティブ心理学は人がよりよく機能するための条件、その上で動くソフト。そしてコーチングは、それを実際の変化に生かすアプリケーション。三つとも「よくなっていく自分を先に感じる」というところでつながっていたのです。
生き物は約40億年をかけて、よい方へ、よい方へと変わってきました。そこに脳はいりませんでした。意識や理性が現れたのは、本当に最後の最後。脳がなくても良きに計らってくれる力を、私たちは細胞一つひとつのレベルで持っているのです。
ここで、宮野真生子さんの言葉に戻ります。
宮野真生子さんは、選ぶことには「受動的な側面がある」と書いていました。確かに、体がしっくりくる方へ、私たちは自然に引き寄せられていきます。
けれど、それを「受動的」と感じるのは、頭の側から見ているからではないでしょうか。頭から見れば、体はコントロールできない。だから引っ張られているように感じる。でも体も、私自身です。自分を丸ごと一つとして見れば、全体としてはよい方へ向かっています。
体は受け身なのではなく、自分からよい方へ動こうとしている。抵抗していたのは、頭の方だったのです。
これまでの私は逆でした。頭が上で、体が言うことを聞かないと思っていました。今は、体に対して頭が抵抗している、という感覚に変わっています。だから頭の使い方も変わりました。
意志や理屈で体をねじ伏せるのではなく、体が自然に向かいたくなる方向を頭が用意してあげる。頭は、体のサーバントリーダーなのです。
コーチングで「わかっているのにできない」というお話を聞くときも、私はもう、意志の強さや性格の問題とは捉えません。体が何かを予測している。たいていは、気持ちよくない方を。その仕組みがわかれば、自分を責める代わりに、仕組みを使えるようになります。
これは「思えば叶う」という話ではありません。
現実を変えるには、努力が必要です。ただ、それは苦しむための努力ではありません。体と一緒に、叶えたい方へ素直に努力できる自分になっていく。そのための頭の使い方です。
まとめ:今日からできる小さな観察
・「わかっているのにできない」は意志の弱さではなく、人間の仕組み
・感情や体の反応は、判断に欠かせない情報源(アントニオ・ダマシオ)
・「選ぶ」は合理的な判断というより身体感覚に近い(宮野真生子)
・頭は体に命令するのではなく、体が動きたくなる状態を整える役
・抵抗しているのは体ではなく、頭の方
あなたにも、「わかっているのにできないこと」が一つはあると思います。それを想像したとき、体がどんな状態を予測しているか、少しだけ観察してみてください。そして、その先にある「一瞬下がるけれど、よくなっていく体」を、ほんの少しだけ先に味わってみてください。
これは頭で理解するより、練習して身につけるものです。自転車と同じで、一度乗れるようになったら、なかなか忘れません。
理論を学びながら体の感覚を研ぎ澄まし、叶えたい方へ素直に努力できる自分になる。そんな実践を一緒に深めるCore Compassプログラムも、まもなく第3期の募集を始めます。




コメント