哲学対話5|ちょっとアウフヘーベン的に生きてみる

哲学対話 アウフヘーベン的に生きてみよう

白か黒か。正しいか、間違っているか。二つのあいだで身動きが取れなくなったとき、どちらも捨てずに進む道はあるのだろうか。コアコンパス講座を共に運営するマインドセットコーチの原裕子さんと、木瀬理恵が、子育て・仕事・お金をめぐる実体験から、ヘーゲルの言葉「アウフヘーベン」をテーマに語りあった。

ポッドキャストはこちらからお聞きください。

目次

稲盛和夫氏の講話で出会った言葉

木瀬 今回のテーマは「アウフヘーベン」です。私がこの言葉に出会ったのは、稲盛和夫さんの講話でした。中小企業の経営者が学ぶ盛和塾で、稲盛さんは人間性を高めることと、お金をきちんと稼ぐことを、同時に説いていたんです。

原 一見、矛盾する二つですね。

木瀬 ええ。でも、その両方を抱えたまま新しいものを生み出すところに、経営の真髄があり、人としての成長もある。その考え方がずっと心に残っていました。

※アウフヘーベン(止揚)……ドイツの哲学者ヘーゲルの概念。古いものを「否定」しながら、その中の大切な要素は「保存」し、より高い段階へ「高める」という三つの意味を持つ。

自立しているのに、なぜパートナーを

木瀬 原さんご自身は、矛盾すると感じた考え方はありますか。

原 ずいぶん前に言われた言葉が、まさにそうでした。シングルマザーとして自立して、バリバリ仕事をしていた頃、「なぜパートナーを探しているの? 自立して稼げているなら、一人でもいいんじゃない?」と聞かれたんです。

そのとき、「二つとも手に入れてはだめなんですか?」と思いました。

木瀬 二つとも。

原 はい。自立しているのに、パートナーが欲しい。それは相反することなのかと、自分でも考えるようになりました。

木瀬 どこに落ち着いたんですか。

原 自立しているからといって、パートナーシップは邪魔になるものでも、否定するものでもない。むしろ自立した二人が一緒にいれば、新しい発見があるんじゃないかと思えたんです。そこから、自分が望むパートナーはどんな人なのかを考え始めました。

妥協でも折衷案でもなく、AとBから新しいものを築いていける。それがアウフヘーベンなのだと思います。

「甘えるんじゃないわよ」と言われて育った

木瀬 講座の中で、こんな声が出たことがありましたね。自分に優しくすると、甘やかしになってダメになるんじゃないか、と。

原 ありました。自分をジャッジしない、ジャッジした自分を許す。そう聞くと、甘やかすことになって自分がダメになる、というロジックに行くんですね。

でも、思いやりはイコール甘やかしではありません。「君はもっとできるはずだよ」という声かけも、思いやりかもしれない。少し厳しい愛情を自分に向けることも、セルフコンパッションの一つのかたちだと思います。木瀬さんはどうでした?

木瀬 私は最初、とても難しかったんです。「甘えるんじゃないわよ」と言われて育ってきたので、自分にもそうしてきました。優しくすることは、全部ダメ。特に自分に対しては。

原 全部ダメ。

木瀬 ええ。その思い込みを一度やめてみる。やらなくてもいいかもしれない。そんな可能性が、アウフヘーベンという考え方から入ってきた気がします。

正解は、どこかにあるのか

原 学びを始める前の私は、常にいいか悪いか、正しいかどうかで判断していました。だから反対の意見を見ると、「私は間違っていたのか」と急に自分のコアが揺らいで、迷い始めるんです。

木瀬 受講生さんからも、よく「正解が欲しいです」と言われます。どこかにまだ知らない正解があって、それさえ知ればすべてがうまくいく。私も昔はそう思っていました。

感情も同じです。幸せとは百パーセントポジティブな感情で満たされていることで、一点でもグレーが入ったとたん全部ダメになる。

原 一点で、全部。

木瀬 でも本当は、悲しくても幸せなことはあるんですよね。

不登校が教えてくれた第三の答え

木瀬 最初は誰でも、どちらかが正しいと思っています。でも、どちらかだけで突き進むと、どこかで行き詰まる。たとえば子どもとの関わりで自分の正しさを言い続けていたら、お互いにコミュニケーションが取れなくなってしまう。そこで自分が変わらざるを得なくなる。必要に迫られて初めて、第三の道を探し始めるのかもしれません。

原 私の場合は、子どもが不登校になったときがまさにそうでした。ほとんどの人は「学校には行くべきだ」と考えます。でも本人にはブレーキがかかっていて、行けないわけです。

そこで、正しさで判断するのをやめました。行きたくないなら、行かないという選択をしてみよう。そのとき未来に何が起きるかを想定しながら、準備していけばいい。間違っているかもしれないけれど、そこから見えるものもあるんじゃないか、と。

木瀬 それで、どうなりましたか。

原 なんとかなっているんです。ちゃんと大学に行って、就職もしています。本人の成長に応じて、起きる出来事も変わっていく。意外とゆるくていいのかな、と思いました。

木瀬 意外と、ゆるくていい。

「こんなにしてあげたのに」の正体

木瀬 利他と自己犠牲。その違いはどこにあると思いますか。

原 自己犠牲には、どこか被害者意識があると思うんです。「こんなにしてあげたのに」と思うと、返ってくる量まで気になって、苦しくなったりイライラしたりする。面白いことに、そういうときはお給料も増えないし、会社でのポジションも上がらないんです。チームのため、お客様のためと思って動けるようになると、結果がついてきます。

お金についても同じでした。以前の私には稼ぐことへの罪悪感があって、無料のセッションをたくさんやり、安い価格で間口を広げていました。すると、無料だから来るお客様ばかりで、本気の人が来なかったんです。

思い切って自分の価値をお金で表したとき、本気のお客様が来るようになって、バランスが取れ始めました。貢献とは、無料で提供することではありません。きちんと自分の価値を提供すること。それが貢献につながっていれば、お互いに価値があるのだと思います。

木瀬 私は、頭ではわかっていても体感がついてこない時期が長くありました。「相手のためだけに考えなさい」と言われても、でもお金を稼ぎたい。利他をしようとすると、心の中で「もっと私を見て、ケアして」という声がする。やりながら嘘っぽいなと感じて、自分のエゴがとても気持ち悪かったんです。

原 ああ、その感じ、わかります。

木瀬 それでも、本当の意味で利他的に人と関わることをイメージしながら、何度も繰り返しました。ある日突然わかった、というわけではありません。練習して、いつの間にか変わっていたんです。

原 営業の育成でも、同じ葛藤をよく見ます。売り上げばかり意識していると、いくら「お客様のため」と言っても嘘っぽく伝わってしまう。この商品を伝えることが相手のためなんだと本当に腹落ちしたとき、罪悪感なく売れるようになるんです。

木瀬 稼いだお金を何に使うかも大切ですよね。自分のスキルアップに回せばお客様のためになるし、家族に使えば家族のためにもなる。休暇でリフレッシュすれば、また新しい気持ちで人と向き合えます。

原 「自利利他円満」という仏教の言葉がありますよね。自分の利も相手の利も満たすと、円満になる。

原「貢献とは、無料で提供することではありません。きちんと自分の価値を提供すること」

過去の自分を連れていく

原 変わりたいと願う方の多くは、今の自分や、それを作ってきた過去の自分と、変わった後の自分を対立させているように見えます。でも、過去の自分を否定する必要はありません。いいことも悪いことも全部経験という資源に変えて、それを土台にすれば、捨てずに新しい自分を生み出していけるはずです。

木瀬 私も以前は「自分を変える」という言葉を、文字どおりに捉えていました。いまは、成長する、発達するという一連の流れの中にいるのだと捉え直しています。そのほうが、過去と今がつながっているんです。

過去の自分を切り捨てない。ちゃんと連れていってあげる。

子どもの頃の私も、20代の私も、みんな一緒に連れていく。そんな感覚です。

原 インナーチャイルドのセッションも同じですね。小さい頃の自分に思いやりを向けて「あなたの歩みがあったから今の私がいる」と感謝し、ここから先は一緒に成長していこう、と統合していく。

白と黒の間は、グレーじゃない

原 白か黒かという白黒思考の人は、グレーという曖昧さが許せません。グレーになると、全部がダメな気がしてしまう。でも、そうじゃないんです。

白か黒だけど、間はグレーじゃなくて、全く別な色を生み出すことだって可能なんです。

木瀬 全く別な色。

AかBかの間ではなく、もう一つ上に軸がある。どちらかだと思っていたときには出てこなかった案が、そこから出てくるのだと思います。

握りしめた手をほどくには

木瀬 AかBかを握りしめている人に、手を離していいと、どう伝えますか。

原 まず、それを握りしめることになった原点まで戻ってみます。「これが正しい」と思い込んだ出来事を見返して、いまも本当に大事なのかを捉え直す。それでも大事なら、少し進化させて、柔らかくほぐしてみるんです。

木瀬 職場の人間関係のようなテーマなら、一度反対側に行ってみるのも一つの方法です。片方だけを見ていると、向こう側は真っ暗で、理解できない世界になっている。両方を見たうえで、出てくるものがあると思うんです。

原 対立しているということは、相手のニーズも満たされていないということです。相手の立場から自分を見てみると、「おやおや」と気づくことがあるかもしれません。私が正しいか、あなたが間違っているかではなく、お互いが大事にしたいことをテーブルにのせて「さて、どうする?」と考える。

木瀬 目指しているところは同じで、やり方が違うだけだった、ということもありますよね。

「第三がある」と思っておく

木瀬 AかBかという思いは、誰もがどこかに持っていると思います。私自身、身動きが取れなくて苦しいときは、たいていどちらかに決めたくなっているときです。

答えは、すぐに出なくていい。「第三がある」と、どこかで思っておく。それだけで、見える世界は少しずつ広がっていきます。

原 折衷案でも妥協でもない、新しい何か。そういう関係を作れる人が増えたら、議論さえ楽しくなりそうですよね。

原「白か黒だけど、間はグレーじゃなくて、全く別な色を生み出すことだって可能なんです」

木瀬「過去の自分を切り捨てない。ちゃんと連れていってあげる」

🎧 ポッドキャスト「ちょっとアウフヘーベン的に生きてみる」(哲学対話 #5)はこちら

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この記事を書いた人

国内商社のビジネス開発・米国バイオ研究者を経て、47歳でライフコーチへ。科学的根拠と内面探究を組み合わせた、異色のコーチとして、40代・50代の変容に関わる。ポジティブ心理学・成人発達理論をベースにしたライフコーチ。アイオワの田舎で夫と息子の三人暮らし。

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