コーチの盲点は「見られている自分」―コーチングの5つ目の領域

自分がどう見られているか。そんなことを気にしすぎてはいけない、と私たちはよく教わります。大切なのは、自分が自分をどう思うかだ、と。

けれど、人と向き合う仕事をしていると、「見られている自分」が思いのほか大きな力を持っていることに気づかされます。それは、クライアントの話を聴くコーチにとっても同じ。

この秋、アメリカ中西部で開かれたMidwest Coaching Conference 2026に参加しました。

そこで出会ったのが、組織開発の専門家でありICF認定コーチでもある、スカーリ・ピノック・フィッツさんの講演です。テーマは、「見られている自分も含めて、自分を知る」。コーチングの「5つ目の領域」と呼ばれる考え方を通して、コーチが気づきにくい盲点についてお話しします。

ポッドキャストはこちらからお聞きください。

目次

「52歳です」と、先に言ってしまう

アメリカで暮らしていると、アジア人は若く見られる、とよく言われます。私も、ZOOMだとカメラの具合なのか、なぜか若く見られがちです。

私のクライアントは、40代、50代の女性や、管理職の男性が多くいます。「40代、50代の女性のコーチングをしています」とお伝えすると、画面の向こうで、相手が一瞬「ん?」という顔をされることがあるのです。

はっきり何か言われるわけではありません。

でも、なんとなく納得されていない。軽く見られているような感じがする。

それで私は、いつの間にか、自己紹介で先に年齢を言うようになっていました。

「52歳です」

若く見られるのは、普通なら褒め言葉。けれど、管理職やエグゼクティブのコーチングでは、必ずしもメリットになりません。

50代になって、その年齢だからこそのモヤモヤを抱えているとき、30代のコーチに相談したいと思うでしょうか。「あなたに、私たちの世代の悩みがわかるの?」と相談することをためらうこともあると思います。

私が思っている私と、相手から見えている私。そのズレを埋めるために、私は先回りして年齢を伝えていたのです。

この小さなズレを、スカーリさんは「コーチの盲点」として取り上げられていました。

4つの側面の、真ん中にあるもの

コーチングでは、クライアントをおもに4つの側面から見ている、と考える方が多いと思います。

  • 何を考えているか、という認知
  • どう感じているか、という感情
  • 体の感覚として表れる身体(ソマティック)
  • 自分より大きなものとつながっている感覚としての精神性(スピリチュアリティ)。

スカーリさんがスライドで示したのは、この4つの円が重なる図でした。その真ん中に、もうひとつの円が置かれていたのです。

それが、社会集団アイデンティティ。

年齢、性別、国籍、人種、宗教など、自分がどんな集団に属しているか、という領域です。スカーリさんたちは、これをコーチングの「5つ目の領域(Fifth Domain)」と呼んでいます。

アイデンティティというと、私はずっと「自分が自分をどう思っているか」に目を向けていました。けれどスライドには、こう書かれていました。

identifies, and is identified

自分をどう捉えているか。そして、周りからどう捉えられているか。その両方を含むのだ、と。

スカーリさんたちの調査では、アイデンティティの領域でのコーチングに自信がない、と答えたコーチが半数近くにのぼったそうです。確かに、どう見られているかという話は、扱いにくい領域です。

日本にもある「見られ方」の違い

日本人同士なら、それほど違いはないと思うかもしれません。

アメリカでは人種や住む場所、家族の背景、貧富の差が大きく、それらは普段、タブーとして避けられる話題です。セッションでそうした話が出てくると、コーチは居心地が悪くなり、扱いたくないと感じてしまいます。

けれど、日本にも「見られ方」の違いはたくさんあります。

男性か女性か。若いのか、もうこの年なのか。管理職か、エグゼクティブか。子どもがいるか、いないか。地方出身か、都会育ちか。

我が家でも、鳥取出身の私は、京都出身の夫からよく「田舎、田舎」と言われます。海外に住んでいた人が、帰国後にそれを隠そうとする、という話もよく聞きます。

こうした属性は、普段は話題にするかしないか、というくらいのものです。でも実は、それがクライアントにとっても、コーチにとっても、世界を見ているレンズになっています。

属性は「話題」ではなく、世界を見る「レンズ」そのものなのです。

コーチが気づかない、もうひとつのレンズ

例えば、こんな場面を想像してみてください。

クライアントは、管理職になったばかりの30代の女性。コーチは、長く会社員を務めてからコーチになった、50代のベテラン男性です。

男性ばかりの会議に出ると、女性の管理職は珍しがられる。発言が軽んじられる。真剣に話を聞いてもらえない。女性なら、そうしたやりづらさを経験したことがあるかもしれません。

その話を聞いた男性コーチが、それを女性ならではの経験として受け取らずに、「もっと自分を出した方がいい」「もっと自信を持った方がいい」と一般論にしてしまう。

そこに社会的なアイデンティティの違いが潜んでいることに、コーチが気づいていない。これが、コーチ側の盲点です。マイノリティになったことがなければ、その経験はわかりにくいもの。

これは、私自身にもあると思います。自分が経験していないことについて、相手のアイデンティティを無視したり、一般化したりしている。おそらく、気づかないうちにやっていると思います。

スルーしたくなる感覚こそ、サイン

では、コーチには何ができるのでしょうか。スカーリさんは、それを「流れ(Flow)」として3つの段階で説明していました。

最初の段階は、感じ取ること(Sensing)です。

まず、自分自身の偏りを点検します。「地方出身だから、こういう人だろう」「この世代だから、こう考えるだろう」。偏見とまではいかなくても、そうした決めつけを持っていないか。その可能性があると知っておくだけでも、聴き方は変わります。

次の段階は、流れに入ること(Entering)です。

会話の中で「もしかしたら、アイデンティティの話が入ってきているかもしれない」と気づいたとき、一度立ち止まり、言葉にしてみます。

「今のお話、女性だから、という部分も関係していそうですか?」

けれど、この一言が難しいのです。自分の知らない領域に入っていくことになりますから。私も、宗教的な話になると、正直よくわからず、流してしまいそうな気がします。

クライアントがそこに引っかかっているのは、なんとなく感じる。触れた方がいいのもわかる。でも、経済的な背景や子どもの頃の経験に踏み込んで、失礼にならないか。相手を嫌な気分にさせないか。そう思って、別の質問をしてしまう。

スカーリさんのスライドには、こんな一行がありました。

Noticing what I want to ignore――自分が無視したくなっているものに気づく。

その「スルーしたいな」という感覚こそが、コーチである私たち自身にとって大事なサインなのだ、とスカーリさんは話していました。

避けたい話題にこそ、私の側の何かがある。

「わからないから、教えてください」と言える勇気

3つ目の段階は、流れの中を進むこと(Navigating)です。

コーチとクライアントはフラットな関係だと言われますが、それでも年齢や性別、経験、地位の違いから、何かしらの力関係は生まれます。「エグゼクティブになったことがないから、社会的地位の高い人がクライアントになると、つい遠慮してしまう」。コーチからよく聞く悩みです。私も、昔はそうでした。

そしてもうひとつ、スカーリさんが挙げていたのが、どう見られるかを管理すること、image management です。

この言葉を見たとき、私は、はっとしました。

「52歳です」と先に言っていたのは、まさにこれだったのです。

相手が抱くイメージを、先回りして整えていた。なんとなく自覚はありましたが、なぜそうしたくなるのか、そこにどんな意味があるのかには気づいていませんでした。こうした気遣いには、思いのほかエネルギーを使います。

自分からつい言ってしまうこと、先回りしてしまうことには、「どう見られているか」が潜んでいるのかもしれません。

講演の中で、私が最も心に残ったのは、この段階の話でした。

触れた方がいいのはわかる。でも、自分は体験したことがないから、踏み込める気がしない。そういうときこそ、自分の弱さを出す。

「私は経験したことがないので、わかりません。だから、もっと教えてください」

そう言える勇気が、コーチにあるかどうか。

「わからないけれど、聴くよ」という態度があることで、クライアントは、タブーだと思っていた話も「話していいんだ」と安心できます。このコーチとなら、どんな話もできる。その安心感が生まれるのです。

反対に、コーチがなんとなく避けてしまうと、クライアントは敏感にそれを感じ取ります。先ほどの30代の女性なら、「女性ならではの悩みは、このコーチに相談しても意味がない」と、その話をしなくなってしまうでしょう。

扉は、開けたまま置いておく

私たちは、自分が思う自分と、見られている自分。その両方を生きています。

そして、コーチにとって最も見落としやすいのは、自分が見ないことにしているものです。

とはいえ、「コーチングで、そこまで踏み込む必要があるのか」と感じる方もいるでしょう。特にビジネスの場面では、難しい判断です。

けれど、踏み込むかどうかを決めるのは、コーチではなく、クライアントです。

コーチの役割は、そこに扉があると気づいていること。

こちらから蓋をして、開かずの扉にしてしまわない。「話したいなら、いつでも話す準備はできている」と、扉を開けたまま、そこに置いておく。それが大切なのだと、スカーリさんは話していました。

明日のセッションから問いたい、3つのこと

最後に、コーチとしての自分を振り返るための問いを3つ置いておきます。

ひとつ目。人種、宗教、政治、さまざまな属性。普段はタブーとされ、親しい友人ともあまり話さないような話題が出てきたとき、どれだけ落ち着いて聴けるか。

ふたつ目。クライアントと自分の間にある、年齢、性別、立場の違い。それが自分の聴き方にどんな影響を与えているか。知らないうちに、ジャッジしていないか。

みっつ目。その違いについて「話してもいい」と言える関係を、クライアントとの間につくれているか。

これらは特別なスキルではありません。ICFのコア・コンピテンシーにある、倫理や、信頼と安全。そのまさに延長線上にあるものです。

自己紹介のとき、あなたがつい先に伝えたくなることは何でしょうか。

その小さな一言の奥に、まだ見ていない自分が、静かに待っているのかもしれません。


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この記事を書いた人

国内商社のビジネス開発・米国バイオ研究者を経て、47歳でライフコーチへ。科学的根拠と内面探究を組み合わせた、異色のコーチとして、40代・50代の変容に関わる。ポジティブ心理学・成人発達理論をベースにしたライフコーチ。アイオワの田舎で夫と息子の三人暮らし。

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